号泣必至!!超泣ける話200話超デラックス

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父の記憶

   

私は父の記憶がありません。
父は、私が1歳7ヶ月の時に交通事故で帰らぬ人となりました。
私には年の離れた兄姉がいます。
兄は13歳、姉は10歳離れています。
母が私を妊娠した時、30代半ばを過ぎていました。
3人目を妊娠したことを姑に話すと「そんなに年いってから産まれる子は、ロクな子じゃないから堕してこい」と2万円を母に渡したそうです。
母は父に話すと、そんな姑の言動に父は猛烈に怒って「せっかく授かった大事な命だ。
あと一人や二人俺が食わせてやるから産め」という言葉に母は涙したといいます。
父は、私のことをとても可愛がってくれたそうです。
仕事から帰ると私を膝に乗せ、いつも童謡を歌っていたそうです。
雨の降る9月のある日、父はいつものように出勤し、もう「ただいま」と帰ることはありませんでした。
もちろん、私は父の死を理解できません。
身体中に包帯を巻いて横たわる父に「おとたん、ねんね?」、頭の包帯をさすって
「おとたん、いたい、いたい。」タバコのケースを差し出して「おとたん、ぱっぱよ」
と、しきりに話しかけていたそうです。
母は、その後、再婚することもなく、女手ひとつで私たちを育ててくれました。
その苦労は、大変なことであったと思います。
今、私は可愛い息子と優しい夫と、慎ましく暮しています。
息子は、私が父を失った時と同じ1歳7ヶ月ですが、まだまだ「ぱぱ」「まま」
「ばいばい」とか6語くらいしか言えない・・・
私は、もっとしゃべれたぞ~
でも、そんな息子を見ていると、さぞ父は無念だったろうな、と思います。
この話しをすると、いつも夫はうるうるきてます。

 - 父の泣ける話

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