号泣必至!!超泣ける話200話超デラックス

号泣必至!!超泣ける話200話超デラックス

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大好きなお父さん

   

去年の10月、5年前に肺癌を患い長い闘病生活を続けていた父がなくなった。60歳だった。

私は一人っ子で、とても可愛がられて育ったと思う。父と母は22歳で結婚したが、母が子宮の病気を患ったり不妊症治療をしたりしていたため、中々子供ができず、やっとできても2人とも流産だったらしい。37歳になって諦め掛けてた時にようやくできた子供が私だった。父はその時40歳だった。

私はお父さんっ子で、小学生のころは毎日お父さんと川にいったり、家でもいっつもお父さんにくっついていた。優しいお父さんが大好きだった。

中学生になってから、私もだんだん友達と遊ぶ方が楽しくなりお父さんとは話すことも少なくなり何かいわれるごとに反抗してた気がする。

高校生になって、ますます夜遊びなどするようになりいつも夜中親が寝てから家を抜け出し朝まであそんでいた。

そんなある日、父が急に入院した。すぐ、退院するだろうと軽く考えていたが、しばらくして母から、「○○ももう大人だから言うね。お父さん、肺癌なんだ。」と告げられた。
でも、私は元気なお父さんしか知らないから全然実感がわかなくて、すぐ元気になるだろうと考えていた。

しかし、そんな考えとは裏腹に父は入退院を繰り返すようになり、体力もなくなってしまった。定年前に仕事も退職した。

そして、私はやりたいことがあり県外の大学にいくことになったため一人暮らしをすることになった。
大学を決めるときも、母は反対したが父は「お前が決めたことならいいんじゃないか。頑張れよ」と、絶対寂しいはずなのにいつも影から応援してくれた。

大学2年生になり、父は益々弱って、普通に歩くことも辛くなっていた。
私は、夏休みに免許合宿で車の免許をとって、それからしばらく実家にいた。実家にいる間、お父さんが横に乗ってくれて毎日運転の練習をしていろんなとこにいって、色んな話をした。父と2人でこんなに話すのは久しぶりだった。身体がおっきかった父は、とても痩せてしまっていて、このとき初めて「あぁ、本当にお父さん病気なんだ。」って実感した。今まで信じたくなくて目を背けていたのだ。

一人暮らしの家に戻ってしばらくすると、普段メールなんかこない父からメールがきた。「これからはなるべく1人で運転できるように頑張ってな。」
その次の日、父は容態が急変して救急車ではこばれて寝たきり生活になった。

ねぇ、なんでそんなこというの?もっと色んなとこ車でいこうよ。やっと免許とれる歳になったんだよ?まだ一人じゃ運転できないよ。
でも、その願いは叶わなくて、日に日に痩せてって、話すこともできなくなっていった。

学校がはじまっ東京にかえると、母からいつでも帰ってこれる準備しといてねっていわれた。その意味は私にも、わかった。毎日辛かった。

お父さんにメールをすると、「元気だよ!あと一ヶ月したら元気になって家に帰れるから心配するな!お見舞いは大丈夫だよ。お前は学校頑張れ」
って。

ある日心配だったから看病にいったんだ。そしたら変わり果てたお父さんがいて。トイレにいって号泣した。脚も腕も、骨みたいにほそくなっちゃって起き上がることも食べることもできなくてしんじられなかった。

なのに、私にはあんなメール送ってきていつも私のことばかりじゃん。なんで今までお父さんの優しさに気づかなかったんだろう。反抗ばっかりして、もっといろんなことはなしとけばよかった。って、後悔しかなかった。

メールでなあんなこと言うのに、私が看病してると、「お前が、きてくれてよかった。本当によかった。元気でたよ。」って、酸素マスク外しながら言うの。

やっぱり、不安だったんだよね。心配かけないようにっていっつも強がって、こうゆうときはあまえていいんだよ。

何日かして、父はみんなに囲まれてみんなで泣き笑いしながらたのしかった思い出話をして、それを聞きながら息を引き取った。とても安らかな顔だった。きっと、話せなくてもみんなの声はきこえてたんだね。

何ヶ月かして、私の誕生日に母から手紙をもらった。

ハタチの誕生日おめでとう。あなたが生まれたときお父さんは、「この子が二十歳になると、自分は60歳になるけど元気でがんばらなくちゃ」と言って話していたのに、一緒に迎えることができなくてとても残念です。でも、これからは2人で力を合わせていきていこうね。お父さんが、きっと見守っててくれるから。

号泣しました。

私がうまれたときお父さんは、うちの子が1番可愛いなってみんなにいっていたらしい。

そんな、優しくて面白くて強い、大好きなお父さん、お父さんの子供で本当によかった。生まれ変わってもお父さんの子供に生まれたい。親孝行できなくてごめんね。孫見せてあげたかったな。もっといろんなことしたかった。こんな娘で、ごめんね。

私は、お父さんと約束したから夢に向かって頑張るね。見守っててね。

 - 父の泣ける話

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