号泣必至!!超泣ける話200話超デラックス

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抱っこの記憶

   

子どもの頃、親父の膝で抱っこされるのが好きだった。
海水浴や動物園に行った帰りの電車で親父に抱かれてうつらうつらしてた幸せな記憶を今でも思い返す。
親父の胸に頭をくっつけると、あったかくて、ぎゅっと抱かれると不思議と安心した。
でもさすがに10歳くらいになると親父が重たがるようになったから、止めたし、
まあ、その後はお決まりのように反抗期で口を聞かなくなり、
20歳を過ぎてから普通に会話するようになりといった具合に普通の親子関係だった。

んで、親父が定年を迎えるから、海外旅行でも行こうかと相談してたら、
突然、検査で親父が胃がんだと告げられて、末期で治療もできないと言われ、
親父は、ほんとにあっという間にやせ衰えて、しなびたようになってしまった。
でも、せめて最期くらいは家で過ごさせてやりたかったから、退院させたんだけど、
もう歩けないくらい衰弱してたから、俺が抱えて車に運んだ。
そしたら親父が「いつも俺に抱っこしてもらいたがってた、お前に抱っこしてもらえるとはなぁ」
なんて嬉しそうに言うから、俺も家族も泣きまくった。

臨終の時に親父は、すごく安らかな顔をしてた。
今、俺の膝の上には5歳の息子が乗ってる。
俺もこいつに抱っこされて死ねたら、
きっと、それまでの人生全部いいものだったって思える気がする。

 - 父の泣ける話

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