号泣必至!!超泣ける話200話超デラックス

号泣必至!!超泣ける話200話超デラックス

*

ばあちゃんのノート

   

うちのばあちゃんは俺が小学校高学年のときに蜘蛛膜下出血で救急車で運ばれた

深夜に発病したが元看護士だった母の早い対応のお陰か一命を取り留めた。が、やはり後遺症が残ってしまった。

右半身に麻痺が残り歩くこともままならない状態で当然それからばあちゃんの介護生活が始まった。

それからは消防の俺にとっては結構なストレスがかかることばっかりだった。

ばあちゃんのせいで楽しみにしていた家族旅行は行けなくなるし、親がいないときはばあちゃんに何があるか分からないから友達と遊べないとか、とにかく色々規制がかかった。まだ子供だった俺は知らず知らずのうちにばあちゃんのことを憎み始めていた。

それからは酷い話だがやっと言葉が喋れるようになった弟に
「ばあちゃんうざい」
とか
「ばあちゃん気持ち悪い」
とか言わせたり、多分もっと酷い言葉も言わせていた。

他にもばあちゃんが手伝って欲しくて俺を呼んだときも無視したりした。

本当に最低なことをしていた。

それから一年後ばあちゃんはガンにかかり入院中に息を引き取った。

確か俺が小学六年生のときだった。

葬式の準備をしていてばあちゃんの部屋の遺品を片付けていたとき、何冊ものノートを見付けた。

中を見てみるとばあちゃんが昔から書いていた日記帳がわりにしていたノートだった。

病気が発症する前から亡くなる一ヶ月前まで一日も欠かさず付けていた日記だ。

古いのから順に読んでいくと両親が結婚したこと、俺や兄弟が生まれたときのこと等が書き込まれていた。

『よく毎日書けるな…』
ぐらいにしか思ってなかった。

そしてノートに書かれた文字がいきなり汚くなっていた。

そのページの日付を見ると最初に蜘蛛膜下出血で運ばれて退院した日だった。

ノートの行五つくらい使ってがたがたに歪んだ大きい文字、漢字が一個も使われてなくてみんな汚い平仮名だった。

ばあちゃんこんな字になっても日記を書き続けてたんだ…と思い内容を読んでみるとそこにはやはり汚い平仮名で

『きよう 〇〇←俺の名前くんにおかゆ たべさせてもらう おいしいかつた』

『きようは 〇〇のすきなおかしを □□←母の名前がかつてくる 〇〇よろこんでた』

とか弟や俺や妹のことについていっぱい書かれてた。

俺がやってた酷いことなんて一言も書かれて無かった。

そして自分がどれだけ酷いことやってきたか馬鹿な俺はやっと分かったんだ

そして蜘蛛膜下出血してから態度が変わった俺のことをばあちゃんはどう思ったのかを考えたら涙がぼたぼた出てきた。

それで急いで座敷にあるばあちゃんの棺の前に行ってわんわん泣いた。

 - 家族の泣ける話

  関連記事

no image
おばあちゃんへ

おばあちゃん、最後に会いたかったなぁ。

私のおばあちゃんは誰もが信じられないくらい、あっという間に亡くなってしまいました。

私はちょうど、娘の扁桃摘出の手術の為に病院で寝泊まりをしていました。

no image
親が子供を

母の葬式の時、祖母(母の実母)は
「親が子供を送ってはいけないんだよ」
と言って、斎場から火葬場への車に決して乗ろうとしなかった。

俺は子供ながらにも疑問に感じ、
「何で?何で?」
と泣きながら何度…

no image
お疲れ様でした

弟の話。俺が中3、弟が小5の時。

俺は小学校からずっとサッカーやってて、大変だったけど勉強も両立させて中学受験で私立に入った。

弟は昔から小柄で運動神経のいいやんちゃ坊主だったんだけど、どこか常に…

no image
手をつないで

うちのハハオヤが言ってた話。

私は、年子の女2人姉妹の妹なんだけど、姉は生まれたときからすごく
手のかからないおとなしい子だったらしい。姉が一歳三ヶ月で私が生ま
れてからも、それは変らず、母はそれに…

no image
俺が小さい頃に撮った家族写真が一枚ある

俺が小さい頃に撮った家族写真が一枚ある。
見た目普通の写真なんだけど、実はその時父が難病(失念)を宣告されていて
それほど持たないだろうと言われ、入院前に今生最後の写真はせめて家族と・・・と撮った写真…

no image
カマボコ

私が小学1年生の時に事故で両親が死に、それ以来おじいちゃんと2人で暮らしていた。
おじいちゃんは料理などできなかったけれど、私のために毎日質素ながらご飯を作ってくれた。
ご飯と納豆、とかご飯と缶詰め、…

no image
腹の虫

当時、学校の土曜日授業は午前中までだったので
お昼ゴハンは家で食べるのが常でした。
いつもの土曜日、元気よく俺が帰ると
土曜日は居るはずの母さんが居ませんでした。
どうやら出掛けたのでしょうか、俺はマ…

no image
ママを産んだのは

私が4歳の時、父と母は離婚した。

祖父母と同居していたため、父が私を引き取った。

母は家を出て行く日に私を実家に連れて行った。

家に戻ると母はドアの所で

「おばあちゃんちに又行かなきゃいけない…

no image
おじいちゃん

おじいちゃん。もうお別れして
から7年たったね。

わたしはおじいちゃんが
苦手だった。

おじいちゃんからの愛を
受け止めてなかったから。

たくさん与えててくれたのに。

わたしが賞をとった…

no image
姉の結婚式

今日、姉の結婚式だったわけですよ。

兄弟が結婚するなんて今日が来るまで実感しなかったわけで…

今思い返すと私、お姉ちゃん大好きだったなぁ…

ちっちゃい頃からいつもお姉ちゃんと一緒にいた気がする。…