赤いまり・婆ちゃんの家の風呂
爺ちゃんがまだ今よりは幾分か若い頃、山の中の畑に野良仕事に出かけた時の話だそうだ。
山の中と言っても、そうそう山奥でもなく、傾斜もゆるい山道を歩いて二十分ほどの場所にある、周りを竹林に囲まれたような場所だったそうだ。
ひとしきり仕事を終えて、そろそろ帰ろうかと後始末めいた事をしていた爺ちゃんの足元に、何かがころりと転がってきたそうだ。
何だろうと足元を見ると、そこには赤いまりが転がっていたそうだ。
はてこんな所に何でまりが?と思い辺りを見回す。
いくら近場と言え、周りにまり遊びが出来るような場所はない。
どうしたものかと思っていると、やおら「きゃっきゃ」と楽しげな子供の声が聞こえてきた。
なんだなんだと思っていると、着物姿の子どもが男も女も混じって5,6人出てきたと言う。
何でこんな所に子供が?と思っていると、そのなかのひとりの女の子が、にこにこ笑いながら近づいてきて両の手を差し出す。
ああ、この子たちのまりなんだなと思い、ぽおんと放ってやるとひょいと受け取り、
「ねえ、遊ぼう?」と、声をかけてきた。
爺ちゃんは、「いやいや、これから帰らんといかんからな」
と答えると、 女の子は少し頬をふくらませて不機嫌そうに、
「まえもそんなこと言ってた……もういいよ」
と言って、他の子供達と一緒に竹林の中に帰っていったと言う。
何の事だろうと思いながら、爺ちゃんはとりあえず後始末を終えて、そのまま家に帰ったそうだ。
「で、爺ちゃん帰ってから思い出したんやけどな……会ってるんだわ、その子らに」
「いつ?」と聞き返すと、爺ちゃんはうーんと腕組みをしながら、
「爺ちゃんがな、子供の頃……少なくとも十かそこらの頃なんやわ。
爺ちゃんの父ちゃんに言われて、あすこの畑に忘れ物取りに行ってな……
そん時もやっぱり、竹林の間から5人か6人……
話しかけてきた女の子は、間違い無くその子だったなぁ覚えとるわ」
その時も何やら遊びに誘われたが、もう結構な夕暮れ時だった為、断って帰ったのだと言う。
なるほど、『前も』と言うのはそう言う意味だったのだろう。
「なら、その時のお詫びも含めて、遊んであげればよかったんじゃない?」
と俺が言うと、爺ちゃんはいやいやと首を横に振り、
「帰って来れなくなったら、困るからなあ」
と苦笑交じりに言っていた。
■婆ちゃんの家の風呂
田舎の家の風呂にまつわる話。
婆ちゃんの家の風呂というのが、まあ見た目は普通なんだが、風呂焚きをするのに、台所から少し降りた勝手口の所にある、小さなかまどの火を使うという、五右衛門風呂もどきだった。
俺も子供の頃何度も入った事があるが、湯船を覆っているふたを外すと、湯の上に中ぶたがぷかぷかと浮いていて、それを足で沈めながら入ると言う、そんな感じの造りだ。
無論、燃料には薪やら家で出た紙くずなんかを使っていて、その物珍しさから、風呂焚きをよく手伝っていた覚えがある。
話はまだ俺や兄が生まれるより前の秋口、夏に比べるとずいぶんと涼しくなって来た頃だったそうだ。
夕食を終えた婆ちゃんは、いつものように風呂焚きを始めた。
薪やら紙くずやらを放りこみ、火種を放り込むが、何やら火の着きがよろしくない。
薪の位置を変え、火種になる紙くずを変え、悪戦苦闘しながらも何とか火をつけるが、今度はついても直ぐに消えてしまう。
一度薪を取り出してみるが、別段湿気っているわけでもない。
そうこうやっている内に、何とか火が燃え上がり、婆ちゃんはやれやれと腰をさすりながら立ち上がった。
暫くそのまま放っておいて家事をすること小一時間。
かまどの中がすっかり燃え尽きたので、婆ちゃんは爺ちゃんに風呂が沸いたことを告げた。
爺ちゃんは「おう」と答えて風呂場に消えて行ったが、しばらくもしないうちに「おい、婆さん」と、少し怒り気味の爺さんが出てくる。
何かと思っていると、「風呂が全然沸いていない」との事らしい。
そんな筈はと思い、風呂場に行って湯船に手を突っ込んでみると、なるほど冷たい水のまま。
はてと思ってかまどを覗いてみると、薪も紙くずもすっかり燃えて灰が残っているだけだと言う。
「ちゃんと沸かしたんやけどねえ」と言いつつも、もう一度かまどに薪を放りこみ火をつける。
すると、今度は普通に湯が沸いたのだと言う。
婆ちゃんは、
「あの時は、いつもより少しばかり寒かったからねえ……火を盗られたのかもしれんねえ」と言っていた。
もっとも爺ちゃんは、
「ありゃ、婆さんがぼけてただけだわ」と言って、今も譲らない。
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