号泣必至!!超泣ける話200話超デラックス

号泣必至!!超泣ける話200話超デラックス

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私は何一つ親孝行などしてない

   

子供の頃、家は流行らない商店で貧乏だった。

母がパートに出て何とか生活できているよう程度の生活だ。

学校の集金のたびに母親がため息をついていたのをよく憶えている。

別段、小学校、中学校は何とも思わなかったけれど、高校の入り、進学を考えた頃から両親と喧嘩することが多くなった。

私は大学に進みたかった。美大に行って本格的に絵を描きたかったからだ。

しかし進学するのに必要なお金など、どう考えても捻出できなかった。

毎日、昼のパート、夕方からのパートと掛け持ちで働き、くたくたになっている母親に、
「何で進学できないんだよ!子供の進学資金も出せないようじゃ親失格だぜ!」
と言ったことがある。

母親は涙ぐみ何も言わなかった。

その姿にハッと我に返ったが、ぶつけようのない悔しさが邪魔をしてそのまま謝りもしなかった。

しばらく後になって、あの時なぜ謝らなかったのだろうと猛烈に悔やむことになった。

母親は事故で亡くなり、直接謝ることは出来なくなってしまったのだ。

パートの帰りの運転中の事故だった。

交差点に突っ込んでの事故で、ブレーキ痕もない…過労だと思う、、

葬式の後、母の部屋を整理していて日記とも家計簿とも取れるようなノートを見つけた。

食費や光熱費、、、私は家計をやりくりした事など当然ないが、そんな私が見てもギリギリの生活だった。

母親が自分のために使ったものなど何一つなかった。

なのに、、私のための進学のための貯金があった。

ぎりぎりの生活の中で、本当に数百円の単位で毎月貯金してあった。

私が怒鳴ったあたりから、パートの時間が増えていた。

後でわかった事だが、パートの勤務時間を頼み込んで増やしていたようだ。

増えた分は全て貯金、、

私はバカだった。

自分のことだけだった。

母の笑った顔を最後に見たのはいつだったろう?

私は何一つ親孝行などしてない、

母がいなくなってから、後悔の連続だった。

苦労ばかりかけて、自分のことばかり考えていた。

何の親孝行もしていない。

なぜあんな事を言ったのか、謝らなかったのか、謝りたい、心から母に謝りたかった。

そんな時、ものすごくリアルな夢を見た。

夢の中で母親は居間で座っていた。

母を見つけた私は、泣きながら母親に詫びた。

何もしてやれないで、ひどい事を言って、ごめんと。

本当に子供のように泣いた。

母親は私の手を握って、
「謝らなくちゃいけないのはお母さんだから、、ごめんね」
と言った。

それを聞いて、私はますます声をあげて泣いた。

起きた時は枕まで涙で濡れていた。

そして手にははっきりと、母の手の感覚が残っていた。

それだけならリアルな夢で終わっていたのだが、その夢を見た朝、父が
「今朝、母さんの夢を見た。」
と言うのだ。

私のことをよろしくと言ったらしい。

父が直接会いに行って話したらいいと母に言うと、もう会ってきたからと言ったそうだ。

後悔の念が見せた夢で、偶然の事かもしれない。

でも、夢であれ母に謝ることができて良かった。

結局、私は大学には行けなかった。

今は普通の会社員だ。

が、暇を見つけては絵を描いて、描きあがった絵は仏壇の前に飾っている。

絵を好きになったのは、美大に行きたかったのは、子供の頃
「上手に描けたね」
と言ってくれた母の一言がきっかけだった。

それに気づいたから。

今も、母の事を思うと自責の念で心が痛むけれど、その母のためにもがんばって生きていきたいと思う。

長文の上、乱文で申し訳ありませんでした。

いい話とはいえない話だったと思いますが、読んでくださった方、ありがとうございました。

 - 母の泣ける話

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