号泣必至!!超泣ける話200話超デラックス

号泣必至!!超泣ける話200話超デラックス

*

一人のダメ人間

   

…昔々 ある所に一人の駄目人間がいました

そいつは大学を中退して社会に出るため職を転々と廻ったんだ
1社
2社
3社…

ちょうど冬の寒さが身に沁みる時期でしょうか

12社目を受けた時です

「お前を雇う所なんてどこにも無い」

と面接官に言われました…。

それから 彼の引きこもり人生が始まったのです

当初はちょっとだけ休みを取って疲れた体を癒せればそれで良かった…。

両親は笑顔で
「疲れたんだろ?少し休んでから頑張りなさい」
って言ってくれたんだ。

俺はいつか絶対に両親を幸せにしてやろうと決心した…。

でも そんな思いは長くは読かなかった

一度 ひきこもりにはまってしまうと怖くて動けなくなってしまう

自分が天才哲学者にでもなったかのように世界を決め付ける

そんなこんなで3年もの月日は流れたある日。

彼はもうドア越しに話かけられても会話できない程、アホ丸出しの引きこもりと化していた

母親「あなたに会いたいってお友達が来てくれたわよ・・」

震える声で言った

ドンドン!っとドアを叩いて 誰かが叫んでる

「おーい!俺ぇ~森本だよ、ちょっと話しないか~?!」

聞き覚えのある声…それと同時に寒気が彼を襲った

高校時代彼をイジメていた不良グループの一人だ。

1~2時間くらいたってドアを叩く音が止んだ。

スーッとドアの下から手紙が入れられてきた

ソレを見ながら彼は体育座りのまま眠りについた。

あの事件が起きて4日目

手紙を確認することにした…。

「同窓会のお知らせ」

引きこもりの彼にコレはきつかったのでしょう

物凄い勢いで破り捨てました

ソレと同時に涙と何とも言えない孤独感…。

そして怒りがこみ上げてきました…。

壁を殴りつけ 
布団を蹴り上げ 
彼は叫び読けました

そこへ 彼の母親がやってきました

母親「どうしたの?!ねぇ、どうしたの??!!」

耳に聞こえてくる母親の声

彼はそれをかき消すように叫び読けた…。

同窓会前夜。
母親がドアを3回叩いた

3回叩く時はご飯を運んできた合図だ

いつも通りにドアを少し開けごはんを取ろうとした時だった 

食器の横に黒い物が置いてあった

クリーニングに出したのだろうか?

札が付いたままのスーツだった

このスーツは、大学を辞めた時に母親からプレゼントされたもので、チョット丈が短い、残念なスーツだ。

お坊ちゃま君みたいで着るのを嫌がったのを憶えている。

それでも母さんはそんな彼を見て

「いいわよ!さすがお父さん、お母さんの子ねっ!!」

って自信満々に彼の就活を応援してくれた…。

そんなスーツだ…。

母親はこのスーツを着て同窓会に行ってほしかったのだろう。

だが彼にはそんなこと関係ない

人に会う? 馬鹿じゃないのか?!

ましてや昔の友達なんかには特にだ。

それから 5ヶ月たった頃。

滅多にならない携帯に 電話がきた。

この携帯電話は彼が引きこもりになりかけの時に母親が渡したものだった

まあ、面倒なので電話にでないのは当たり前だが…。

気になって留守録を聞いてしまった。

しかしそこに残っていたのは父親の声だった。


「母さんが倒れた。
 今すぐ○×病院に来い。

 今夜が峠だ…そうだ…。」

全身に鳥肌が立った

怖いなんてものじゃない

だけどその時には何も考えずに走り出していた

彼が病院に着いた時にはもう母親の息はなかった。

実は父親が電話した時にはもう息はなかったらしい。

寝巻きにサンダル…伸びっぱなしのヒゲに壊れた眼鏡姿のままで…。

父親
「母さんはお前が自分の力で外に出てほしかったと言っていたんだ。

 お前が自分の意思でここまで来てくれることが、望みだったんだろうな・・」

彼は泣きながら母親の手を握り締めた

母親の葬式の日

彼はあのスーツを着た。

胸ポケットから1通の手紙とお守りが入っていた。

「国○、先日お友達が来た時に同窓会があるって母さん聞いたの

 だからスーツ着て、皆に会ってきなさい

 せっかく久しぶりに皆に会えるチャンスなんだから、ね?

 丈はね
 直しておいてあげたから

 もう恥ずかしくないわね
 これで外出れるね

 ごめんね。」

そしてお守り。
母さんも同じ物を持っていた。

あの時 ごめんって言えたら…。

母さんは喜んでくれたのかな?

彼は今でもそのスーツを着て一生懸命働いているそうです。

 - 母の泣ける話

  関連記事

no image
18年勤めた会社を辞めて気付いた事

高校を卒業してから18年勤めた会社を今月辞めた。
18年間で実家に帰ったのは数えられるほどだった。
いや、電話したのだって一年で1,2回だけで、用事があるときにしかかけてなかった。

今日、母が…

no image
「沖縄に行かない?」

「沖縄に行かない?」

いきなり母が電話で聞いてきた。

当時、大学三年生で就活で大変な頃だった。

「忙しいから駄目」
と言ったのだが母はなかなか諦めない。

「どうしても駄目?」
「今大事な時期だ…

no image
最後の最後までありがとう

私のお母さんが病気になったのは私が生まれてすぐ、なりました。
その病気は精神関係です。

幼稚園にはいったころ、お母さんは第二の病気にかかりました。
アルコール依存症。

あとからの話でわかるとおもい…

no image
鯛焼き屋

幼い頃、親父は家にお金を入れなかった。
手先の器用なお母は、バッグやアクセサリーなど小物を作って、
隣町の繁華街まで行って路上で売ってた。
いつか、俺もいっしょに行った時の事、
目の前で焼いていた鯛焼…

no image
母のお弁当

母にお弁当を作ってもらったのは高校3年間だった。
友人には、学食でお昼を食べる子も多くてうらやましいと思っていた。
「お弁当いらないからお金ちょうだい 学食で食べるから」
っていう日もあった。

ある…

no image
ドジでアホなオカン

俺のオカン。アホなオカン。
何回言うても違う銘柄のタバコ買ってくる。
俺のオカン。ドジなオカン。
いっつもなんもないとこでこけかけとる。
俺のオカン。機械音痴なオカン。
未だにメールが上手く打てへん。…

no image
私は何一つ親孝行などしてない

子供の頃、家は流行らない商店で貧乏だった。

母がパートに出て何とか生活できているよう程度の生活だ。

学校の集金のたびに母親がため息をついていたのをよく憶えている。

別段、小学校、中学校は何とも思…

no image
最高のママ

もう10年も前の話。
妻が他界して1年がたった頃、当時8歳の娘と3歳の息子がいた。
妻がいなくなったことをまだ理解できないでいる息子に対して、
私はどう接してやればいいのか、父親としての不甲斐なさに悩…

no image
カァチャン、元気にしていますか?

カァチャン、元気にしていますか?
居なくなってから九年がたちました。
九年も経ったのに、まだ寂しくて、たまに涙する事があります。
一児の母になったのに、まだ泣き虫の私を叱りに来て下さい。

カ…

no image
正社員の面接

火曜日に正社員の面接行ったのね。もうこれで20数社目。
今まで全部駄目だった。
それで、その日は車でしか行けないところだったんで、
母親が仕事を休んで付き添ってくれた。
駐車場の社内に母を待たせて面接…