号泣必至!!超泣ける話200話超デラックス

号泣必至!!超泣ける話200話超デラックス

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お疲れ様でした

   

弟の話。俺が中3、弟が小5の時。

俺は小学校からずっとサッカーやってて、大変だったけど勉強も両立させて中学受験で私立に入った。

弟は昔から小柄で運動神経のいいやんちゃ坊主だったんだけど、どこか常にすねてるような奴だった。

今思えば一見して世間体だけはいい俺といつも比べられて、内心面白くなかったんだろうな。

俺が中学受験に成功した後辺りからその傾向は強くなった。

地元の中学で評判の悪い連中の後ろによくくっつくようになって、目つきも大分変わっていった。

小5のあいつの部屋からタバコも見つけた。

両親も俺も学校の先生もあれこれ考えてあれこれ試したんだが何の効果も無く、弟は完全に塞ぎ込んだ。

年はちょうど1998年、W杯の年。

中学でもサッカーやってた俺は、両親に頼んでWOWOWとケーブルテレビに加入してもらった。

夏休み真っ盛りで、部活が終わったあとに友達たくさん家に呼んでW杯を観戦した。

俺自身、ダイジェスト版じゃない海外サッカーを見るのは初めてで、そのレベルの高さにむちゃくちゃ感動したし、友達もすげーすげー連発してた。

W杯をみんなで見てる最中、ちょうど弟が家に帰ってきた。

弟は俺らの盛り上がり方にちょっと動揺してたけど、
「お前もこっち来て見ろよ、すげえぞ」
って言ったらジュース片手に黙って部屋の隅の方に座った。

それを横目で確認してから、俺はまた友達とワーキャー言いながら観戦に集中した。

試合はスペイン対ナイジェリア。

点取って取られての好ゲーム。運動量も多い。黒人選手のバネや瞬発力もケタ違いにすごい。

みんなはテレビの前で興奮しながら感想言い合ったりふざけたり。

弟は終始無言だけどテレビを見てた。

試合の後半半ば、一瞬だけ、ボールがルーズになってスペイン自陣の中盤らへんに転がった。

そのとき、ナイジェリアの選手が一瞬速くボールに詰める。

右足のインステップでボールを豪快にミート、思い切り振りぬく。

次の瞬間、ボールは矢のようなスピードと弾道でゴール左隅に突き刺さった。

みんなは大歓声。俺は「すげっ・・・」しか言えない状況。

弟の方をちらっと見たら、弟は無言で立ち上がって部屋を出て行ってしまった。

それを見ながらちょっと寂しい気持ちもしたけど、友達の歓声でかき消されてしまった。

それから一週間後、両親から弟が地元のサッカークラブに入ったことを聞いた。

なんでも試合観戦した次の日に自分からパンフレットを持ってきて、頭下げてお願いしにきたらしい。

それ以来、弟の素行は見違えるように良くなり、高校大学とサッカー推薦、レギュラーで副キャプテン、その先は教員か、少しだけプロも見据えてるらしい。

って言うか、もう完全に俺よりサッカー上手いなw

ちゃんと話してないから分からないけど、あのときのオリセーのシュートが弟を変えるきっかけになったんじゃないかなって俺は思ってる。

弟のポジションはずっとボランチ。スパイクはプーマ。

中盤の底に構えてチームを鼓舞するようなスタイルで、あいつが高校のときに試合見に行ったときは2列目まで上がってハーフボレーのロングシュートも打ってた。

オリセーとまではいかないけど、綺麗なフォームと弾道で、ゴールのちょっと左上に逸れていった。

後半途中に交代してピッチの外に出るとき、ピッチに向かって一礼してからベンチに戻った。

何か嬉しかった。

俺の大学4年夏のリーグ最終戦、事実上の引退試合に、弟は事前に何も言わず一人で試合を見に来た。

アップの段階で気づいてどきっとしたけど、見てないふりして試合に臨んだ。

試合は2-0の勝利で俺の1アシスト。

疲れてクタクタになってシャワー浴びようと思って車に着替え取りに行くと、車の側に弟が立ってた。

何を喋ればいいのかどぎまぎしてたら、

「ナイスクロス。いいサイド突破だったね。」
って言ってきたから、
「うっせえバカ、あたりめーだろ。」
って言い返した。

すれ違い様、普段ほとんど喋らないけど喋れば生意気なタメ口のくせに、小さめの声で
「お疲れ様でした」
って言ってきた。

俺も小さめの声で「おう」って言った。

そのあとシャワー浴びながら、チームのみんなにばれないようにちょっとだけ泣いた。

家族が何をやっても無理で諦めかけていた状況を一瞬で劇的に変えてくれ、両親や俺に代わって弟に生きがいとか人間として大事な礼儀とかを教えてくれたサッカーに心から感謝。

これからも、家族とサッカーだけはどんなことがあっても裏切れない。

 - 家族の泣ける話

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