号泣必至!!超泣ける話200話超デラックス

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*

『天国からのビデオレター』

   

サキちゃんのママは重い病気と闘っていたが、
死期を悟ってパパを枕元に呼んだ。
その時、サキちゃんはまだ2歳。

「あなた、サキのためにビデオを3本残します。
 このビデオの1本目は、サキの3歳の誕生日に。
 2本目は小学校の入学式に。
 そして3本目は…○○○の日に見せてあげてください」

まもなく、サキちゃんのママは天国へと旅立った。

そして、サキちゃんの3歳の誕生日。
1本目のビデオがかけられた。

(ビデオからつないだテレビ画面に、病室のママが映し出される)

「サキちゃん、お誕生日おめでとう。ママ、うれしいなぁ。
 でもママはね、テレビの中に引っ越したの。
 だから、こうやってしか会えない。
 パパの言うことをよく聞いて、おりこうさんでいてね。
           だったら、ママ、また会いに来ます。」

サキちゃんの小学校入学の日。
2本目のビデオ。

「サキちゃん、大きくなったネ。おめでとう……。
 ママ、うれしいな。どんなにこの日を待っていたか。
 サキちゃん、ちゃんと聞いてね。
 『ママが今住んでいるところは、天国なの。だから、もう会えない。
 でもね、パパのお手伝いがちゃんとできたら、
 ママ、もう一回だけ、会いに来ます。
 じゃあ、魔法をかけるよ。 
 エイッ!
  ほうら、サキちゃんは料理や洗濯ができるようになりました」

そして3本目のビデオ。
そのタイトルは、こう書いてあった。
新しいママが来た日のサキちゃんに。

そしてサキちゃんが10歳の時、
パパは再婚し、新しいママが来た。
3人いっしょに、3本目のビデオを見つめた。
なつかしいママの顔が映し出された。

「サキちゃん、おうちの仕事、がんばったね。
 えらかったね。
 でも、もう大丈夫。新しいママが来たんだから。

……

 サキちゃん。今日で本当にお別れです。

……

 サキちゃん、今、身長はどれくらい?ママには見えない。

 (泣き崩れ、カメラを抱え込む姿が映る)

 ママ、もっと生きたい…。

 あなたのために、おいしいものいっぱいつくってあげたい…。

 あなたの成長を見つめていたい…。

 

 …じゃあ、サキちゃん、これがママの最後の魔法です。

 それは、『ママを忘れる魔法』です。

 ママを忘れて、パパと、新しいママと、
 
 楽しい暮らしをつくってください。

 では、魔法をかけます。1、2、3、ハイッ!」

そこでビデオは終わった。

しかし、サキちゃんに、この魔法は効かなかった。

パパと、新しいママにも効かなかった。

ママは、みんなの心の中に、ちゃんと残っていた。

 - 母の泣ける話

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